墨壷の始まり
 墨壷は遠く中国大陸から始められた物です。
 日本に於いての始めは、1700年前、新羅(朝鮮)の地を経て船大工が来朝した節、手斧(ておの)
槍鉋(やりかんな)、などを持ってきた物が最初と言われております。そして、1500年前雄略天皇の
御代になって、船大工が集団となって大工仕事を始めたのですが、その内の一番の名工、猪名部
(いなべ)の匠が亡くなった時の歌に「あたらしき、いなべのたくみ、かけしすみなわ、しがなければ、
たれかかけむよ、あたらすみなわ」とありました。すなわち「惜しいことだ猪名部の匠、彼がかけてい
た糸に墨をつけて印をつける墨縄を、彼が死んだら、誰がかけられるだろうか、本当に惜しいことだ
あの墨縄は」と言う意味で当時すでに墨壷によってかけられる墨縄のことをもって、大工の名工ぶり
を表していました。そして、1400年前、聖徳太子の摂政の時に始めて寺工が、瓦工、画工らとともに
高麗(北鮮)より招聘(しょうへい)を受け来朝し、四天王寺、法隆寺などの建立にたずさわりました。
 その当時より材料は一木を彫り出して造り、使いやすいように改造し墨壷はなくてはならない道具
の一つとして今日にまで来ております。
 とくに桃山、江戸期の頃は大工の名工と呼ばれる人を墨曲師と呼ぶようになり、そのくらい墨壷を
大切にし、又重要に扱っておりました。そして自分の使用しやすいように造り、さらに贅を尽くた装飾
彫刻をほどこして、各自の腕前を表して自慢し愛用した物です。
 工匠は、墨壷を道具の内で最も尊厳な物として“あがめ”祀(まつ)っています。起工式、上棟式な
どの祭事には、祭壇の正面に曲尺と共に墨壷を飾り祀って「打っ墨縄の清く正しく、工終へしめ給へ」
と祈願をします。又正月の14日を期して1年の工匠始めの儀式として「手斧始めの式」を金堂御本尊
前にてとり行なわれます。これは正面壇上に、墨壷を初め手斧、槍鉋、尺杖、御酒などを供え、祝詞
を読んで今でも行われております。

 

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